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第58回

障害者虐待と合理的配慮について考える

1.不適切な対応と合理的配慮について

 昨年10月に障害者虐待防止法が施行され、現在様々な地域で障害者虐待防止に関する研修会やセミナーが開催されています。
 私自身、障害者虐待防止に関係する研修会やセミナーに講師やシンポジストとして関わる機会が増えています。
 そのセミナーや研修会の中で、特に利用者支援に直接携わっている職員の皆様から頂く質問の多くが、利用者の方々に対する自分自身の対応が虐待に当たるのかどうかということがあります。
例えば、以下のような質問がありました。
○野菜が嫌いで食べない利用者の方に、野菜を食べて頂きたいとの思いで、他の副食類を遠ざけておくことは虐待でしょうか?
○職員からの指示に従わないときに、「○○するのだったら××してあげない」と交換条件を行ってしまう。
○訴えの多い利用者の方に対して、一時的に無視をしてしまう。
○他の利用者の方に対して他傷行動があった時に、叱責したり、職員で羽交い絞めにしたりすること。
 このように様々な質問が多く寄せられます。
 職員の方も「不適切な対応ではないか?」との疑問を感じられての質問なのですが、私の利用者支援の観点から考えて、明らかに利用者の方に対する不適切な対応であり、虐待と考えられる内容でもあると思います。
 皆様もご存じのように、2006年12月13日、国連本会議で「障害者権利条約」が採択されました。
 この条約で、障害のある人たちが社会のあらゆる分野で他の人たちと平等に社会参加するうえで、「合理的配慮」をしなければならないことを明記しています。
 例えば第24条の「教育」に関する条文では、「締結国は、教育についての障害者の権利を実現するにあたり、個人の必要に応じ、合理的配慮が提供されることを確保しなければならない」と規定されています。
 この「合理的配慮」という言葉が条文中7回使われていますが、国際法において新しい概念と言われています。
 「合理的配慮」を簡単に説明すれば、「障害特性に応じた支援と環境を提供すること」になります。
 皆様もご存じのように、障害者虐待防止法においての虐待は、「身体的虐待」、「性的虐待」、「心理的虐待」、「放棄・放任(ネグレクト)」「経済的虐待」の5類型がありますが、特に「心理的虐待」や「放棄・放任(ネグレクト)」は分かり辛い、発見し難い虐待だと思っています。
 こうした虐待は「合理的配慮」に欠いた対応、すなわち障害特性に応じた支援と環境提供がなされない中で、無自覚で行われていることが多くあるように思うからです。
 例えば、聴覚に障害のある人には、コミュニケーションの手段として「手話」を使います。これは聴覚に障害のある人に対するコミュニケーションにおける「合理的配慮」です。
 しかし、コミュニケーションに困難さがある自閉性障害のある人に対して、その人のコミュニケーションの理解レベルに合わせて、例えば、文字や絵などを使って、その人に必要な情報を伝えているのかというと、必ずしも十分な支援が行われていないように思います。
 そのことが、「心理的虐待」や「放棄・放任(ネグレクト)」になるのではないかとの捉え返しを利用者支援の中で行うことが、今、求められているのではないかと思っています。
 そのような視点から、研修会やセミナーで出された職員の方々からの質問を「合理的配慮」の観点に引き付けて、考えてみたいと思います。

2.合理的配慮に基づいた支援

 ここまでお話しすると、上記質問にみられる利用者に対する対応は、「障害特性への配慮に欠けた場当たり的な対応である」と、お気付きになられたと思います。
 ここでは上記質問の内、「職員からの指示に従わないときに、『○○するのだったら××してあげない』」という対応を一つだけ取り上げて、考えてみましょう。
 利用者の方が何か「問題」行動を起こした時などに、このような交換条件による対応をする場面が日常的にあるように思いますが、如何でしょうか?
 しかし、この対応は、何故そのような「問題」行動をするのかということを障害特性から推測して、「問題」行動の背後にある要因を把握した上での支援だとは言えません。場当たり的な対応と言えます。では、どのような対応、支援をすればよいのでしょうか?
 この利用者の方が自閉性障害のある方だと仮定します。
 自閉性障害の障害特性は、「社会的相互作用の障害」、「コミュニケーションの障害」、「想像的活動の障害」ですから、「問題」となる行動があった時には、この障害特性を踏まえて対応することが必要となります。そのことが「合理的配慮」を基本にした観点からの支援ということになります。
 「問題」となる行動に対応するときに重要な支援の視点は、「要因」、「契機」、「遠因」の区別を考えて対処することです。
 そのそれぞれについて説明しますと、「要因」とは、「利用者の障害の中核にある特性」を言います。「契機」とは、「その『問題』が現実化する状況や刺激」です。「遠因」とは、「契機を生み出しやすい背景の状況」です。
 平成24年9月に厚生労働省から「障害者福祉施設・事業所における障害者虐待の防止と対応の手引き」という冊子が発行されましたが、その中に「行動障害のある利用者への適切な支援」という項目があり、問題行動についての基本的な支援の視点、対応が書かれています。
 実は、ここに記載されている事例は、私ども法人事業所を利用されている利用者の事例です。
 ただし、文中にある「羽交い絞めにする」、「居室に鍵をかけて閉じ込めた」は作り話であり、実際は適切な支援をして、行動改善をしています。
 この「要因」、「契機」、「遠因」を理解するのに分かり易い事例ですので、以下、その事例を引用した上で、少し具体的にお話ししたいと思います。

 

○行動障害のある利用者への適切な支援(「障害者福祉施設・事業所における障害者虐待の防止と対応の手引き」より抜粋)
 行動障害のある利用者が示すいわゆる「問題行動」の原因は、利用者自身の障害によるものだけでなく、支援者も含めた環境側の問題にもあるという基本的な視点をもつ必要があります。
 「問題行動」は「障害特性と環境要因との相互作用の結果である」と言えます。
 例えば、自閉性障害の特性は、沢山の情報を整理・処理することや、相手からのメッセージを理解し、気持ちを伝えること、時間・空間を整理統合すること、変更への対応、見通しをもつことなどに困難さを抱えています。また、感覚過敏などの特異性、全体よりも細部に注目する特性、刺激に対する衝動性などがあります。
 例えば、ザワザワした場面が苦手な利用者がいたとします。施設で日中活動に出かけるときには、玄関で靴に履き替えなければなりませんが、同時に多くの利用者が玄関に集まって来ると、ザワザワして本人にとっては大変不快な環境となります。しかし、本人はコミュニケーションの困難性から、職員に不快感を訴えることができません。どのように解決すれば良いかの方法もわかりません。そして、イライラが高まってどうしようもなくなり、横にいる利用者に咬みついてしまいました。職員は、やめさせるために本人を羽交い
 締めにして引き離し、さらにパニックを起こして暴れたため、居室に鍵をかけて閉じ込めました。
 この事例に基づいて「問題行動」の原因を考えると、本人の「ザワザワした騒がしい場面が苦手」という感覚過敏などの特異性、不快感を伝えることができないコミュニケーションの困難性、どのように解決すれば良いのかがわからない理解力、判断力の困難性、刺激に対する衝動性などが考えられます。
 この事例の原因は、職員が本人の障害特性を理解していないために、わざわざ本人が不快を感じる騒がしい場面に誘導した結果、「咬みつく」という「問題行動」を誘発したことが考えられます。
さらに羽交い締めにされたことへの恐怖でパニックになり、居室に閉じ込められて放置されることでさらに恐怖を増幅させてしまった可能性があります。
 また、本人は職員に対して、「自分を不快なところに連れて行き、理由もなく羽交い締めにし、それが嫌だと訴えると居室に閉じ込める怖い存在である」と認識してしまったかもしれません。また、玄関に行くとそれが急に記憶に蘇り、パニックになるという、フラッシュバックを起こさせてしまうことも懸念されます。
 職員が本人の障害特性と環境要因を分析し、玄関に多くの利用者が集まってザワザワする時間帯を避けて玄関に誘導し、靴をはいて出かけたり、玄関以外の出入り口から靴を履いて出かけるなどの支援をすれば、「問題行動」を誘発しなくてもすみますし、他の利用者、職員、なによりも本人にとって安心で楽しい時間を過ごすことができます。
 行動障害のある人の「問題行動」に対して重要なことは、「問題行動」の背景にある「障害特性」と「環境要因」の相互作用を明らかにして、「問題行動」を予防する支援をすることです。「問題行動」の背景を探るためには、日常の行動観察が重要になります。

 

 以上の事例を参考にして、「要因」、「契機」、「遠因」を考えたいと思います。
 「要因」は本人の自閉性障害の障害特性ですから、苦痛となる状況を伝えることができないという「コミュニケーションの障害」、また、他の利用者が玄関から出るまで待つという解決方法を想像して、解決することができないという「想像的活動の障害」、ザワザワした聴覚刺激や混み合った空間での皮膚接触の過敏性という「感覚の過敏性」などがあります。
 そして、ザワザワした環境が「契機」となって、咬みつくという「問題」行動を誘発したことになります。
 重い知的障害を伴う自閉性障害のある利用者の方を支援する場合、「排泄」、「睡眠」、「食事」を整えることにより情緒的安定に繋がることになります。しかし、この生理的整えができなくなると情緒的に不安定になり、少しの刺激でも反応するようになります。「遠因」とはそのような「契機」を生みやすい背景の状況を言います。
 この事例の場合、自閉性障害の障害特性である「コミュニケーションの障害」、「想像的活動の障害」、「感覚の過敏性」を理解して、「問題」行動を起こす「契機」を作らない、例えば、「玄関ではなく別の出口から出る」、「他の利用者の後から出るように支援する」ような「合理的配慮」を職員がすれば、本人にとって快適な暮らしになります。
 この事例を通して、「問題」行動を誘発した原因は支援する側の問題であり、決して本人の責任ではないということに気付かれたことと思います。

3.最後に~虐待防止と合理的配慮~

 先月、私ども法人の虐待防止委員会の中で、ある職員が特別支援学校での木工作業の事業参観に行ったときの話をしてくれました。
 「大きな集団、様々な道具を使って木工をしている大変騒がしい環境の中で、自閉性障害があると推測される生徒さんが、そのような騒がしい環境が苦痛で椅子から立ち上がって、教室から逃げ出そうとしているのに、先生が本人の両肩を上から手で強く押さえて、無理矢理椅子に座らせていた」という話でした。
 このような行為は、明らかに虐待です。障害特性に応じた支援と環境の提供という「合理的配慮」に基づいた支援を考えれば、「本人に音を遮断するヘッドフォーンを着用させる」、「別室の静かな環境を用意する」という対応が浮かんでくるはずです。
 障害者虐待の防止の取り組みをより進めるためには、この障害特性に応じた支援と環境を提供するという「合理的配慮」に基づいた支援を福祉施設・事業所、学校、企業などの中で進めていくことが重要であると思っています。
 合理的配慮に基づかない「支援」によって、私たち支援者が気付かない中で、「心理的虐待」や「放棄・放任(ネグレクト)」を日常的に繰り返していないか、私たちの支援を振り返る必要があると思っています。

掲載日:2013年04月08日