自閉症・発達障害のある方を支援する福祉施設を大阪・高槻で運営

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第9回

点から線、そして面の暮らしへ

 


 2008年の新年を迎えました。私が知的障害者通所授産施設に勤めている頃、お正月にはいつも利用者が自宅を訪れて下さり、賑やかな新年を迎えていました。私の妻は、結婚前に知的障害児施設「滋賀県立近江学園」に勤めていましたが、お正月に家庭に帰ることができない子どもたちを職員が自宅に連れて帰り、それぞれの家庭でお正月を過ごさせていました。以前は職員と利用者が自然にそのような暮らしをしていました。「地域で暮らす」ということは、そのようなことが自然に在ることが前提のように思います。「ノーマライゼーション」という障害者福祉の理念の登場を待つまでもなく、それは自然な営みでありました。
 しかし私が知的障害者通所授産施設「京都市のぞみ学園」に勤めていた時、最初に驚いたことは、多くの利用者が家庭と施設での暮らし以外での生活の場がないことでした。言い換えれば、彼らの暮らしは「家庭という点」と日中の活動の場である「施設という点」の「点と線の暮らし」がほとんどでした。私は、これでは真の意味での「地域での暮らし」には程遠い状況であると感じました。私は、「地域での暮らし」は家庭以外に様々な活動や楽しみの場がそれぞれの障害のある人たちの生活ニーズに応じて点在して在る状況、つまり地域での「面の暮らし」の創造が重要であると即座に感じました。
 当時、私は施設から歩いて2~3分の所にある駄菓子屋さんの離れの一室で下宿生活をしていました。早速週末の土曜日、利用者のために私の下宿を開放して、利用者のたまり場、交流の場にしました。利用者とともに買い物をしてお好み焼きを作ったり、たまにはビールを飲んだりして楽しく過ごしていました。そこには別にルールや決まり事があるわけでもなく、それぞれの利用者が自由に過ごしていました。そのような自由な場がそれまでの彼らの暮らしにはなかったように思います。そのうち一人、二人と自分の今までの生活での思い出を語るようになりました。小学校や中学校での虐め、親戚や近隣住民から受けた差別、就労先での辛い思いでなど、それぞれの表現で語ってくれました。もちろん楽しい思い出もありましたが、辛く悲しい思い出の方が多かったように記憶しています。
 その後活動が下宿から広がり、保津峡でバーベキューをしたり、ハイキングに行ったり、夏には時々近くの東福寺へ行き、涼しい縁側でのんびり過ごしたりと、外への活動へと広がっていきました。当時、東福寺は拝観料もなく、あまり訪れる人もなく、私たちにとって静かで絶好の穴場でした。
 ある時、今では殆ど見られない難病である「脊椎カリエス」で脊椎が湾曲している利用者のOさんが、その容姿が気になるため銭湯になかなか一人では行けないとの悩みを語りました。彼の家庭は母親、姉と彼との三人暮らしで、家には風呂がなく、男一人の家庭のため、一人で風呂に行かなければならない事情がありました。すぐに施設の主任である山田さんに相談して、彼を含めた希望する利用者を集めて「銭湯隊」を結成しました。週に二日程施設の近くに点在する銭湯に入浴に行くという企画です。もちろん私と山田さんはボランティアですが、当時の私たちにはそのような意識はなく、自然なこととして、「利用者が困っているから何とか解決しよう」という、極めて単純な思いからの企画でした。
 企画初日、美人のお姉さんが番台に座っているという銭湯に行き先を決めて、私と山田さん、利用者のOさん、Mさん、Nさんの五人組でいざ出陣ということになりました。Oさんにとっては久しぶりのお風呂となり、大変満足して湯船に入っていました。ふだんから声の大きなOさんが感極まって、「先生!本当にええお湯ですわ!何か月ぶりやろ、お風呂に入ったのは!」と、私と山田さんに向かって叫びました。その瞬間、周囲の人たちの目がOさんと私たちに集中しました。私と山田さんは瞬間的に他人を装ってその場の視線から逃れようとしましたが、「時すでに遅し」の状況です。そんな中、Mさんは鬚そりの刃を湯船につけて洗っているし、沢田研二のファンであるNさんは、右手の握り拳をマイク代わりにして、沢田研二になりきって歌を熱唱している始末、なんとかその場を取り繕って銭湯を後にしましたが、冷や汗の出る企画初日だったことを鮮明に覚えています。そのような出来事を通じて、生活支援についての通所施設における限界を感じました。その後も「銭湯隊」企画は続くことになりますが、入浴の仕方という日常的な生活スキルに対する暮らしの中での支援が始まりました。
 新年を迎えて、過去の利用者と私とのほんの小さな営みを想い返しつつ、「地域に生きる」という意味を改めて考えました。それは次のようなことについてでした。その一つは「障害者自立支援法」についての思いです。
 現在、「障害者自立支援法」の大きな政策の柱である入所施設から地域生活への移行支援、地域での暮らしの支援の取り組みが進もうとしています。私はこの支援の方向性については大いに賛成です。しかし入所施設での暮らしであれ、地域での「ケアホーム」「グループホーム」の暮らしであれ、「点と線の暮らし」から、「面の暮らし」に、障害のある人たちの暮らし・生活世界が広がらない限り、「地域に生きる」ということの具現化には繋がらないと思います。今後私たちが障害のある人たちとともに、障害のある人たちの多様な生活・暮らしのニーズ創造のための小さな実践の積み上げと様々な社会参加の取り組みを進めつつ、地域における豊かな支援サービスの創造に繋げていくことの重要性について考えを新たにしたことです。
 もう一つは、私たち法人の理念である「地域に生きる」という意味についてです。「地域に生きる」ということは障害のある無しにかかわらず、「一人ひとりの人たちにとって少しでも安心、安全で、豊かな生きがいのある社会」の実現です。この「豊かさ」は様々な人たちの生活・暮らしの多様なニーズの実現にあると思います。私たち法人における利用者支援にとっての大きな課題の一つでもあります。この実現のための具体的な一歩を歩みたいと思ったことです。
 このような課題や社会の実現のために、今年度も皆様とともに「夢を持ち」「夢を語り」ながら、お互いに議論し、知恵と力を出し合いながら歩んでいきたいと願っています。
今年もよろしくお願い申し上げます。

掲載日:2008年01月04日