自閉症・発達障害のある方を支援する福祉施設を大阪・高槻で運営

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第13回

利用者虐待について考える ~その3 制度により阻害されること~

 


 前回は「高井田苑」での職員による利用者虐待について、その背景の一つとして、我われ入所施設を運営する側が強度行動障害を伴う人たちの受け入れを積極的に進めてこなかったという状況について、お話ししました。
 今回は、障害者自立支援法が施行され、入所施設での行動障害を伴う人たちの受け入れができるための条件整備が進んだのかどうかについて、お話ししたいと思います。せっかく改正となった法律であるのに、「障害のある人たちは夕方から朝までは一律に静かに生活し、就寝している」かのごとき、知的障害のある人たち、とりわけ昼夜逆転も多い行動障害のある方々の生活実態にまったくそぐわない報酬単価の設定になっていることが問題のように思うのです。その詳細について説明したいと思います。
 障害者自立支援法が施行されて、障害者福祉サービスの事業が大きく変化しました。特に今回、「高井田苑」で職員から虐待を受けた行動障害を伴う人たちの入所施設への積極的受け入れとその支援を考えるとき、その支援を支える職員の配置人数や施設の運営についての収入額がどのように変更したのかが大変重要になります。
 先ず新しい法律では、施設などを利用する場合、障害のある人たちは、市町村が行う「障害程度区分」という障害の状態を測定する調査を受けなければならないことになっています。「障害程度区分」は6段階に分かれていて、最も障害の軽い人は「区分1」となります。また最も障害の重い人は「区分6」となります。そしてその障害程度区分によって、利用できる福祉サービスが決まってきます。例えば、入所施設を利用する場合は、「障害程度区分4」以上(50歳以上は「区分3」以上)の人が利用できることになります。
 前回、お話ししたように国は入所施設の利用者の1割程度の人たちについて、地域でケアホームやグループホームを利用して暮らすことのできる政策を進めていますので、「障害程度区分4」に満たない(50歳以上では3に満たない)人たちは確実に入所施設から出て、地域の中で暮らすことになります。その結果として、入所施設で利用定員に空きができた分、行動障害を伴う人たちの入所施設の利用が進むことになると考えられます。
 それでは入所施設利用者の日常生活を支える職員の配置基準はどのように決められるようになったのかについて、説明します。
 現在までの法律では、それぞれの入所施設利用者の障害の状態(障害が重い、軽い)に関係なく、入所施設の場合は、利用者4.3人に職員1人という配置基準が示されていました。この基準は最低の基準ですので、それぞれの施設は利用者支援の必要度に応じて、それ以上の配置をしていました。特に重い障害をかかえる方を支援する施設ほど、施設内でやりくりしながら基準をこえて多くの人員を配置してきたことになります。行動障害のある方々の多い施設では、なおさらのことです。
 新しい法律では、入所施設利用者の障害程度区分の平均値の高低によって職員数の配置基準が決められています。
 知的な障害が軽いから支援は少ないとは一概に言えませんが、しかし新しい制度は、利用者の障害の状態に基づいて、すなわち支援の量に応じて職員数や報酬額を決めるという仕組みになりました。この変更について、私は公正な仕組みになったと評価しています。
 しかし、行動障害を伴うひとたちの障害程度の区分認定が、支援がより必要な人たちであるにもかかわらず、身体的介護についての支援度に着目した判定項目が多い関係から、例えば食事や着替え、排せつなどについて、「支援の必要がない」とのことで、「手のかからない人」との判定をうけ、障害程度が軽く出てしまうケースがある、という問題があります。知的障害・身体障害・精神障害それぞれの障害特性を反映した判定内容への変更が前提であることは言うまでもないことです。
 制度的に改善された半面、課題も多く残っています。
 その一つが入所施設における職員配置基準の考え方です。
 障害者自立支援法において、入所施設は、夕方から夜間、朝までの暮らしの支援を行う「施設入所支援」と昼間の活動支援を行う「生活介護事業」の二つの事業に分かれることになりました。しかし従来の入所施設と同じく、利用者に対しては、基本的に昼間の活動も含めて支援することになります。しかし、入所施設の職員配置基準は 通所施設における日中活動支援(生活介護事業)の職員配置基準となっています。通所施設での利用者支援は7時間程度ですが、入所施設では、24時間・365日の利用者支援を行っています。通所施設と支援の時間、支援の内容を比較して、時間が3倍以上であるのに同じだけの人員基準しかないのは、制度的矛盾であると私は強く思っています。
 また入所施設の報酬単価も問題があります。
 先程お話ししたように、入所施設は、暮らしの支援を行う「施設入所支援」と日中の活動を支援する「生活介護事業」の二つの事業に分かれることから、その事業に伴う報酬もそれぞれの事業別に設定されています。
 例えば、利用者40人以下の入所施設の場合で、最も障害の重い人たちを支援している施設の場合、その報酬単価は、1日4,000円となっています。これに対して生活介護事業を行う通所施設の報酬単価は、同一の利用者定員と障害の状態で見た場合、1日12,620円となります。夜間支援を含めた生活支援を行っている入所施設の報酬が通所施設の報酬の1/3というのはあまりにもひどすぎます。
 行動障害を伴う利用者の中には、昼夜逆転の状態の人もおられますので、夜間は利用者が寝ているから、支援の必要はないという状況ではありません。夜間帯における利用者へのトイレ介助や急病や怪我による病院への緊急通院もあります。
 入所施設における夜間も含めた生活時間帯の支援時間と支援の内容という実態に見合った報酬単価の設定が必要であると思っています。
 最後に強度行動障害を伴う人たちを支援する場合に欠かせないことがあります。それはその人たちが暮らす環境の問題です。
 私が以前施設長をしていた入所施設「京北やまぐにの郷」は重い知的障害を伴う自閉症の方の支援に特化した施設でした。利用者の多くは行動障害のある人たちでした。そのうち10数名の方が強度行動障害を伴う利用者の方でした。開所当初は利用者50名の方が集団で暮らしていましたが、その環境からくる刺激の多さや利用者の示す自傷行為や他傷行為、パニック等が連鎖するという悪循環で、どこから手をつけて良いのか職員も混乱していました。
 私が施設長として赴任してから、50人の暮らしを10人単位の暮らし(ユニット)に切り替えました。小グループの暮らしに切り替えて1年後には、利用者の行動改善が進み、強度行動障害と言われる利用者はいなくなったという経験をしています。
 その経験から、強度行動障害を伴う利用者に対する支援については、小グループのユニット(最大で1ユニット6人まで)での暮らしがベースになると考えています。そして、各ユニット単位の担当制による職員配置を行うことにより、行動観察の徹底とその分析、それぞれの行動障害の原因の究明とその原因に見合った行動改善に向けた職員の統一した支援が可能となります。
 日本知的障害者福祉協会生活支援部会更生施設分科会が行った全国の入所更生施設に対する調査(平成18年)では、「ユニットをできれば導入したい」と考えている施設が59.6%ありましたが、その導入については、財源・コスト、職員配置・勤務体制等の課題があり、導入の困難性が挙げられていました。
 多くの入所施設の場合、小グループでの暮らしを支援するユニットケアを導入していませんので、生活の基本は数十人単位の集団生活になります。この暮らし自体が行動障害を誘発する大きな原因となっています。利用者にとっては大変生きづらい環境であると思います。そして、強度行動障害を伴う利用者支援にとどまらず、全ての利用者にとっても小グループ単位の家庭的な暮らし、環境が大変重要であると思います。
 今回の障害者自立支援法の施行によって、強度行動障害を伴う人たちに対する入所施設における支援について、障害程度区分の見直しを前提として、特に職員配置数と運営収入費(報酬額)の考え方と仕組みについては、一定の改善が進んだと思います。しかし、「施設入所支援」についての職員配置基準および報酬単価についての制度設計については、課題点が残されたままです。引き続き制度の改善に向けた働きかけが必要であると思っています。
 今回、「高井田苑」における職員の利用者虐待の事件について、3回に分けてその問題点を私なりに探ってきました。知的な障害のある人たちに対する支援に携わっている私たちにとって、今回の事件は非常に大きな私たち自身の課題としてあります。
 今後、私自身の課題として、利用者の皆様から信頼され、様々なニーズにお応えできる支援サービス向上の努力とともに、もう一度対人援助専門職としての倫理・価値について、見つめ直し、その原点に立って、社会福祉事業経営を行っていきたいと思っています。

掲載日:2008年02月29日