第44回 障害と住環境 〜ユニットケアの取り組み〜

 1989年9月、私は京都市北西部(京北町・現京都市右京区)にある知的障害者入所更生施設「京北やまぐにの郷」の施設長に就任しました。
 「京北やまぐにの郷」は、知的障害を伴う自閉症の人たちに特化した知的障害者入所更生施設として、親御さんたちの施設設立活動を通して開設されました。
 私は、施設開設3ヵ月後に施設長として赴任しましたが、環境の変化が苦手な自閉症の人たちにとっては、非常に混乱した状態での新しい暮らしの始まりとなっていました。
 イギリスの児童精神科医師ローナ・ウィング先生は、「不適切な行動への対応原則」として10数項目を提示されていますが、その中にルーティン変更時のポイントが以下のように示されています。
 「ルーティンの変更は、計画的に行う。しかもできれば徐々に行うこと。これからどうなるかをできるだけ正確に前もって知らせる方法を見つける。いかなる理由にせよ、ケアする人が一時的にであれ永遠にであれ変わる場合は、特に重要」
 そして、「変更するときは一度に複数の変更はしないで、一つずつ計画意的段階的に行うことが重要である」とされています。
 そのようなことを考え合わせると、家族と暮らす在宅生活から50人の人たちと暮らす入所施設への暮らしの変更は、利用者の人たちにとっては、混乱の極みであったと思います。
 実際に私が赴任した当時は、環境の変化による混乱に起因する多くの利用者の「不適切な行動」が日常的に誘発されるという状況でした。
 その中で私が大きな課題の一つとして感じたことは、住環境のあり方でした。
 利用者の多くが様々な「問題行動」(例えば自分の顔面を激しく叩くという「自傷行為」や他者に咬みつくという「他傷行為」)などを抱えていましたので、親御さんとしては、「できる限り子どもを見てもらいたい」という思いの中で、多くの利用者を少ない支援者で効率的に見守ることのできる建物の設計を考えました。
 その結果、2つの支援員室と多目的ホールを囲む「ロの字」型に居室を配置する設計にしました。
 多目的ホールの天井は高く、空間的には開放的な造りでしたが、音が響き渡るという欠点がありました。
 「昼夜逆転」という睡眠障害のある人たちが多くいましたので、夜になると大声を出して自室からホールに出てこられ、その声で目覚めた他の利用者がまた自室からホールに出てこられるという連鎖が始まり、宿直勤務の二人の職員が朝方まで一睡もできずにその対応に追われるという状況でした。
 居室も4人部屋が中心でしたので、熟睡できない環境の中で、情緒的に不安定になり、普段それほど気にならない少しの刺激であっても「自傷行為」「他傷行為」を誘発してしまうという悪循環が常態化していました。
 しかしこのような住環境は親御さんの責任ではなく、厚生労働省が当時定めていた施設の職員体制(日中夜間の支援も含めて利用者4.3人に1人の職員配置基準)と、それを基準とした運営補助金、最低基準に基づく施設整備補助金をベースとして施設整備・運営を考えると、そのような生活の質や住環境にならざるを得ないという現実がありました。
 ですから現在の多くの入所施設が同じ問題・課題を抱え続けています。
 私が施設長として赴任した当時、利用者の人たちのこのような暮らしの惨状を見て、このような暮らしを利用者の人たちに強いている私自身の施設長としての責任を大変重く受け止めました。
 少しでもこのような現状を変えたいとの思いで、当時「南山城学園」(知的障害者入所更生施設)の部長であった樋口幸雄さん(現社会福祉法人京都ライフサポート協会理事長)と京都府に行くたびに、行動障害を伴う多くの利用者の人たちの生き辛い、暮らし難い環境を改善(行動障害の改善)するための研究会の立ち上げをお願いしました。
 その結果、京都府が補助金を捻出していただき、1992年4月に「京都府強度行動障害者処遇調査研究会」を発足し、2年間にわたり調査研究をすることができました。
 当時鉄道弘済会「弘済学園」園長飯田雅子先生が、キリン財団からの助成研究「行動障害の支援のあり方」についての先行研究をされていて、その研究は非常に参考になりました。
 特に茨城県にある知的障害を伴う自閉症の人たちに特化した入所更生施設「愛の家」施設長岡本亨さんの実践からは大変多くのことを学びました。
 岡本さんは「愛の家」施設長になられる以前は、前述した「弘済学園」に勤めておられたことから、飯田先生が実践されていた支援の基本を継承して、「愛の家」においても実践されていました。
 その基本は、小グループのユニットでの暮らしと、小グループ単位での日中活動の支援であり、グループ担任制による継続・統一した支援です。
 特に日中活動では動的・静的なプログラムをバランスよく個別のニーズに応じて組み立て支援すること、生活における生理的整え(睡眠・排泄・食事など)です。
 そのようなエコロジカルな支援をベースとして、行動障害を伴う利用者の人たちの行動改善の取り組みを積み上げておられました。
 早速その実践を「京北やまぐにの郷」に導入して、住環境を5つのユニットとなるように施設を改修し、1ユニット10名の暮らしとしました。
 そして、それぞれのユニットに2名の生活支援の担当職員を配置して、支援の統一性と継続性が図れる環境としました。
 同時に職住分離の考え方を基本として日中活動の充実を図るために、施設外の敷地に作業棟を整備すると共に、地域の企業のご理解を得て、企業内実習として利用者を受け入れていただきました。
 10人単位の暮らしとなることで、様々な環境刺激(音や人など)を少なくすることができ、利用者の人たちに対してより快適な住環境を提供することができました。
 また生活や日中活動のグループ単位毎に担当職員を固定することで、日常的な行動観察が可能となり、そのことをして利用者の示す様々な「問題行動」の背後にある原因の特定ができるようになりました。
 言うまでもなく原因の特定は、それぞれの原因に基づいた「問題行動」の解決に向けた個別的アプローチが可能となりました。
 この取り組みが始まる前には、強度行動障害を伴う利用者が10数名でしたが、人も含めた環境を変え、整えることで、「問題行動」の完全な改善までには至りませんでしたが、1年後には強度行動障害といわれる利用者はいなくなり、落ち着いた暮らしが戻ってきました。
 もちろんこの実践結果は、「京都府強度行動障害者処遇調査研究会」においても研究会メンバーの間で共有化され、研究報告書の中でまとめられました。
 当時「京北やまぐにの郷」における結果を見て、研究メンバーであった樋口さんは、「結局、普通の暮らしを提供することや」と率直な感想をおっしゃいました。
 樋口さんの言葉に私も同じ思いを持って頷きましたが、住環境を含めた環境がいかに障害に影響を与えているのかを端的に証明した事例であるといえます。
 その後、1982年ごろに現社会福祉法人「北摂杉の子会」設立当初のメンバーである親御さんたちとの出会いがあり、「萩の杜」開設に向けた活動を共に担うことになりましたが、「京北やまぐにの郷」における「ユニットケア」と「職住分離」の支援方針が活動の中に継承されることとなりました。
 1998年2月に社会福祉法人「北摂杉の子会」が国の認可を受けて設立しましたが、それまでの萩の杜施設整備計画についての大阪府との協議の中で、この「ユニットケア」と「職住分離」が大きな論点となりました。
 当時はこのような考え方が全国的に見ても珍しく、行政の立場としては、従来型の施設運営を踏襲したいとの思いを強く持っていました。
 当初、敷地内に独立した12〜13人単位の小舎を4棟建てるいわゆる「小舎制」を基本として、全室個室とする案を府に提案していました。
 しかし府の担当者は、「現状の施設最低基準に基づく運営体制では、そのような理想的な運営体制を維持・継続することは困難である。最重度・重度の障害のある利用者がほとんどである中で、安全管理上問題である」との主張に基づいて、「建物は1棟とすること、ショートステイ5室を含めて個室は15室として、二人部屋を20室とすること」という指導を行いました。
 私たちとしては止むを得ず、4ユニット制を工夫して残しつつも、府の指導を受け入れざるを得ませんでした。
 また「職住分離」についても府としては認められないとして、施設内の作業室設置を強く求めた結果、現在各ユニットのリビング・ダイニングルームの4室を作業室とすることで折り合いが付きました。
 しかし、現在、このような私たちが提唱した「ユニットケア」の取り組みは、少しずつ全国的な取り組みに広がりつつあると感じています。
 それは、「萩の杜」開設当初から、このような取り組みを学ぼうと、多くの福祉関係者が「萩の杜」の実践の視察に訪れられたという事実が、そのことを示していると思っています。
 「京都府強度行動障害者処遇調査研究会」の研究メンバーであった樋口さんは、後に社会福祉法人「京都ライフサポート協会」を設立され、2002年4月に小舎制による6人を基本とした7ユニット(1ユニット6名が基本)の支援を運営の基本とした「横手通り43番地『庵』」(知的障害者入所更生施設、40名定員)を京都府の山城町に開設されました。
また「職住分離」の支援も基本とされています。
 何度となく「庵」を訪れ、利用者の人たちの落ち着いた暮らしぶりを垣間見ていますが、「萩の杜」の当初計画であった「小舎制」と「一人部屋」が実現できなかったことを思い出しながら、いつも羨ましく思っています。
 この「庵」の取り組みは、現状の障害者自立支援法下で実現可能な最もモデルとなる実践であると常々思っています。
 私はこの「庵」モデルを今後の入所施設のあり方として、国に対し、その安定的な運営を可能とする制度設計を求めていくことが重要であると思っています。
 「庵」利用者の多くが「萩の杜」と同じく最重度・重度知的障害を伴う行動障害のある人たちですが、開設後樋口さんは、「思いきってこのユニットにしたことで、入所当初の利用者の混乱を少なくすることができて、短い時間で安定した暮らしの実現ができた」とおっしゃっていました。
 やはり障害、特に「行動障害」との関連で住環境の調整は重要な課題であることは、「庵」の実践からも明らかだと思います。
 今、障害のある人たちの支援について、地域での暮らしの実現が制度・支援の基軸となり、入所施設から地域での暮らしへの移行が大きな政策的課題として掲げられています。
 しかし、ここで考えなければならないことは、入所施設から地域での暮らしへの移行が成し遂げられる長期間の間、現状の入所施設に対する制度では、ほとんどの入所施設の利用者が普通の暮らしとは程遠い住環境での暮らしを強いられ続けるという事実があります。
 これは明らかに人権上の問題であると私は考えています。
 地域移行の取り組みと同時に、施設での暮らし・環境の改善が政策的に進められなければならないと思っています。
 「萩の杜」開設以来、私たちの目指した「小舎制・ユニット・一人部屋」「職住分離」を基本とした普通の暮らしの実現が十分に達成されなかったという経緯の中で、現状としてそこから発生する課題が解決できずにいます。
 引き続き施設の小規模化の取り組みを進める中で、住環境の改善への取り組みを模索し続けたいと思っています。
 また新たな課題として、利用者の「高齢化・重度化」に伴う住環境のバリアフリー化の実現にも取り組む必要があります。
 ともすれば制度論や運営論に議論の軸足が置かれ、入所施設における住環境や支援の質の問題を正面に据えて議論すること、すなわち利用者をとことん中心に据えた議論が十分になされていないと私は感じています。
 障害者福祉制度改革の議論が本格的に始まった今こそ、もう一度入所施設における「小舎制・ユニット」「職住分離」の支援とその実現について、議論を進めることが重要であると考えています。
 利用者のより豊かな暮らしの創造を目指して!

掲載日:2010年8月17日


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