第41回 感じ取ること

 1982年5月から約3ヶ月間、スイス北部のアールガウ州ツォフィンゲンにある「ストレンゲルバッハ障害者労働センター」で研修をしたときの体験談について、「利用者中心の支援〜スイスでの研修を振り返って〜」で少しお話をしました。
 今回は研修前の語学学習からの学びについて、お話したいと思います。
 私の研修地のアールガウ州は、主にドイツ語を話す人たちが住んでいます。
 そのようなことから、研修に行く1年前からドイツ語を学ぶことが研修事業参加の条件となっていました。
 私にとってドイツ語は、このとき初めての学びでしたので、京都の「ゲーテ・インスティチュート」での週2日の授業を中心に、NHKの「テレビドイツ語」、週1回の個人レッスンなど、1年間ドイツ語漬けの日々でした。
 「ゲーテ・インスティチュート」では、ドイツ人の先生による日本語禁止の全てドイツ語による講義でしたので、ドイツ語に初めて接した私にとっては、驚きと焦りの中での学習の始まりでした。
 しかし、全ての先生の教育スキルはとても素晴らしく、興味を持って楽しくドイツ語を学ぶことができました。
 授業の中で、先生が特に強調されていたことは、「とにかく言葉を感じ取りなさい」、「全て分からなくても感じ取ることが大切です」ということでした。
 また、先生は、「相手に話が通じないときは、何でも良いから知っている言葉を話しなさい」とも話され、その一例として、先生が居酒屋に行ったときのエピソードを披露されたのを今でも鮮明に覚えています。
 居酒屋に先生が行ったときのこと、「シシャモ」という言葉が出てこなかったそうですが、「妊娠」という単語が出てきたそうです。
 先生はとっさに、「あの妊娠している魚を下さい」と、店員さんに言ったという話でした。
 私は、「何で『シシャモ』が分からなくて『妊娠』という言葉を知っていたのだろう?」と、そのとき笑いながら思ったのですが、確かにコミュニケーションにおいて、想像力を働かせて、知っている単語を駆使して相手に伝えるということは重要なポイントだと今でも思っています。
 この「感じ取りなさい」という意味について、日本でドイツ語の学習をしている間は、まったく分からない状態でいたのですが、スイスに行ってからしばらくして、ある瞬間から、その意味を感じ取ることができるようになりました。
 それは、研修先の一人の職員の方が私をツォフィンゲンの旧市街に連れて行ってくださったときのことでした。
 それまでの私は、相手の話の中で、一つの単語が分からなくなったときに、その単語の意味を思い出そうと焦り、そのことでパニックに陥り、話の内容が掴めなくなることがしばしばありました。
 しかし、彼は私の語学力など気にしないで、ネイティブなドイツ語で旧市街の古い建物を説明してくれたのですが、今までとは違い、分からない単語を気にすることなく、話の脈絡や彼のジェスチャーや話のトーンなどから全体的な意味を掴み取ることができたのです。
 そのとき初めて「ゲーテ・インスティチュート」の先生がおっしゃっていた「感じ取りなさい」という意味を感じ取ることができました。
 そのときからリスニング力は向上しましたし、それに伴って会話力も向上してきたように思います。
 この体験からコミュニケーションにとって、「感じ取ること」、すなわち「想像力」が極めて重要な要素であることを学んだように思います。
 ローナー・ウイング先生は、「社会的相互作用の障害」「コミュニケーションの障害」「想像的活動の障害」が自閉症スペクトラム障害の基本的特徴、いわゆる「障害の三つ組み」と定義しています。
 そのことから、自閉症の人たちの「コミュニケーションの障害」を私のドイツ語学習の体験から考えたとき、コミュニケーションにおける想像的活動の重要性とともに、自閉症の人たちのコミュニケーションにおける大変さを身をもって体験できたように思います。

掲載日:2010年1月22日



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