第35回 施設利用者に対する身体拘束について

 新聞報道で、社会福祉法人へレンケラー財団が経営する知的障害者入所更生施設「伯太学園」、「太平学園」において、利用者に対する日常的な個室への拘束があったことが明らかにされました。
 大阪では、昨年、知的障害者入所更生施設「高井田苑」において、職員による利用者に対する日常的な虐待事件が大きな社会的問題となったばかりですので、この問題の根の深さを感じます。
 大阪府の指導監査を受けた「太平学園」では、当初男女利用者2人に対して、「食事や入浴などの集団行動の際にそれぞれの個室に入れて鍵をかける措置を取っていた」と府に報告していました。
 その後の調査で入所施設利用者13人、ショートステイ利用者1人に対して同様の拘束をしていることが分かりました。
 当初新聞報道された2人の利用者について、「ともに障害は重度で、自傷行為を繰り返すほか、他の入所者や職員に暴力を振るって負傷させたこともあった」と新聞に記述されていました。
 「高井田苑」と同じく、ここでも行動障害を伴う重い知的障害のある人たちが拘束の対象になっていたことが推測されます。
 私は、「高井田苑」事件の原因の一つとして、職員の専門性の問題を上げましたが、今回の利用者拘束についても、障害特性の理解と対応の不十分さが考えられます。
 京都府でも知的障害者入所更生施設「醍醐和光寮」で同様の利用者拘束の実態が明らかにされています。
 京都府は、その実態把握と身体拘束廃止に向けた啓発と支援を目的として、平成20年に、障害者支援施設、入所系障害福祉サービス事業所等、218箇所を対象に調査を行い、208箇所(有効回収率96.4%)からの回答を得ています。
 調査の結果、調査基準日である平成18年4月1日以降において、身体拘束を行った例のある対象施設は69施設(調査有効回収施設の33.2%)でした。
 また、施設種別内訳では、知的障害者施設において85%、障害児施設において88.9%という実態が明らかになっています。
 身体拘束の内容は、「Y字型拘束帯等の使用」「ベット柵の使用」「居室の施錠」が多く上げられています。
 身体拘束廃止の困難な理由として、「結果として有効な方策がなく、廃止できない事例が残る」(49施設、71%)、「介護を担当する職員が少ない」(17施設、24.6%)となっています。
 私は、利用者虐待や拘束の原因の一つとして職員の専門性を上げましたが、この結果から、マンパワー不足も大きな一因となっています。
 厚生労働省は、福祉施設利用者に対する身体拘束について、「緊急やむをえない理由により身体拘束を行う場合には、『切迫性』『非代替性』『一時性』の用件について検討し、説明・記録等適切に対応するよう」指導していますが、京都府の調査からは、現状として利用者虐待へとつながる可能性のある身体拘束が依然として多くの施設で行われている実態が明らかにされています。
 以前、「松上利男の一言」で、「高井田苑」における職員の利用者虐待について、その原因や発生する背景についてお話をしました。
 今回は、「高井田苑」事件をベースにして、もう一度その要因の考察とともに、解決策として、私なりに以下の5点を上げてみました。

(1)法人・施設としての人権意識に基づく支援理念の必要性
 「高井田苑」では、「罰として角材を足に挟んで正座させるなど、開所直後から暴力的な対応は始まっていた」と職員が話をしているように、開所時から幹部職員ら中心的な職員が虐待行為を行っていました。
 このことから推測できることは、多くの職員にとって、幹部職員ら中心的な職員の利用者に対する虐待を伴う対応が、「利用者支援」の基準になっていたのではないかということです。
 施設を運営する上で重要なことは、その施設を運営する法人が、法人としての明確な「理念」を掲げ、各施設はその理念に基づいた「利用者支援基本方針」「倫理綱領」を示し、その「理念」と「支援基本方針」「倫理綱領」を規範として、職員が利用者支援を行うことです。
 「高井田苑」においては、そのような明確な「理念」「支援基本方針」「倫理綱領」の提示がないことから、利用者支援について、個々の職員の価値判断に任せ、結果として幹部職員の利用者に対する対応が利用者支援の規範、標準となっていたように推測されます。

(2)人間理解・障害特性の理解とそれに基づく対人援助専門職としての法人・施設としての組織的な職員研修・養成の取り組みと、利用者を中心とした施設外関係機関との連携の構築
 「高井田苑」の職員たちは、「自分も力に頼っていた。正しい支援方法が分からなかった」と証言していました。
 京都府が行った利用者拘束の実態調査においても、身体拘束廃止の理由として、「結果として有効な方策がなく、廃止できない事例が残る」ということが揚げられていました。
 このとこから、職員の支援力向上への支援が大きな課題としてあります。
 「高井田苑」、「太平学園」における虐待や身体拘束の対象になった利用者の多くは行動障害を伴う重い知的障害のある利用者・自閉性障害のある利用者です。
 利用者の示すいわゆる「不適切な行動」の要因として以下のことが考えられます。

@ 相手の言っている言葉などの理解の困難性や自分の思いを表現できないというコミュニケーションの障害
A 社会のルールやマナーなどの理解が困難な対人関係・社会性の障害
B 先が読めない、見通しが持ち難いなどの想像力の障害
 以上三つの自閉性障害の障害特性が要因となって「不適切な行動」となって現れ、職員の利用者に対する理解不足と虐待という不適切な対応という相互作用の中で、ますます利用者の「不適切な行動」が強化されていったのであろうと推測されます。
 特に「高井田苑」の事例は、利用者の示す「不適切な行動」の強化が、職員の利用者に対する虐待行為をますますエスカレートさせるという悪循環に陥ってしまったのだと思います。
 知的障害者施設において、虐待を誘発する要因の一つに、このような職員の利用者の障害特性に対する理解不足があります。
 このような虐待防止に対する対策として、利用者の障害特性の理解に基づく適切な支援についての継続的な職員研修の実施と、日常的に困難事例について、スーパーヴァイズを受けることができる体制が確立されていることが重要であると思います。
 また法人・施設にスーパーバイザーがいない場合は、施設外部の専門的な相談支援機関や医療機関などとの連携によるケーススタディをするなど、施設外部の専門機関との連携が有効な方法としてあります。
 「高井田苑」の場合、困難事例についての支援について、外部専門機関との連携もなく、閉塞的な状況の中で、虐待行為が常態化し、その発覚が遅れる結果となったと思われます。    
同様に、「太平学園」においても、有効な解決手段が得られない状況から、身体拘束が常態化したといえます。
 障害者自立支援法の施行により、施設入所施設の利用対象者が障害程度区分4以上となりより支援度の高い人たちの利用が増えてきます。
 具体的には、今後ますます行動障害や認知症・アルツハイマー、重複障害を伴う重度の知的障害のある人たちの入所施設利用の増加が予測されます。
 このような状況を迎える中で、スーパーヴィジョン・研修の充実に取り組まなければならないと思います。
 そして、そのことをして虐待を防止し、より専門的な質の高い支援サービスの提供へと繋がっていくと思います。

(3)利用者虐待が発覚し難い構造的問題と、その解決に向けた虐待防止ネットワークなどの創設
 「高井田苑」における虐待について、事件が発覚する前年には、施設を訪れていた大阪府職員3名が利用者を叩いている職員を目撃しているという事実があります。
 また、発覚5年前に、利用者家族も虐待の実態に気付き施設所管の市に通報しています。
そして、実習生から報告を受けた大学が人権配慮を施設に申し入れたことも明らかになっています。
 特に、家族からの通報を受けていた市や虐待の現場を目撃した府職員が、その後何らかの具体的対応を起こさなかったことは、今後の施設内虐待防止対策を検討する上で重要なポイントです。
 施設を管理・監督すべき行政機関・職員が、結果として虐待を黙認した背景には、事件発覚に伴う行政責任を問われることへの恐れであったのではないかと推測されます。

 この隠蔽構造の一つの原因として、多くの施設待機利用者の存在があります。
 大阪府では、多くの入所施設利用待機者が存在し、特に、行動障害を伴う重い知的障害のある利用希望待機者の施設利用が極めて困難な状況にあります。
 この状況が事件発覚が遅れた要因の一つとして考えられます。
 家族など保護者の人たちの施設利用以前の状況は、本人の示す激しい行動障害と向き合い、地域での孤立無援の生活を続けてきたという辛い経験があります。
 そして、本人の施設利用がようやく叶ったことで、やっと普通の暮らしができるようになったとの思いが強くあります。
 もちろん本人が一番苦しい思いをされていたのですが、保護者としては、施設利用以前の辛い経験から、施設での虐待の事実を知っていても、施設に対して、苦情の申し立てをしたことで、施設からの退所を強要されると大変だという思いが強く働くという現実があります。
 また、多くの入所施設利用待機者がいるという状況を考えると、他の入所施設への利用変更も難しく、一歩踏み込んだ行動ができないというのが、虐待の早期発見、早期解決を阻んでいる構造的な問題としてあります。
 この様な問題を解決するためには、地域の身近にある相談支援機関の活用や施設への立ち入り調査など、権限のある第三者機関などを含めた虐待防止ネットワークの創造が求められます。
 また、行動障害を伴う人たちに対する行動改善や行動障害を誘発させないより専門的な支援が提供できる地域生活支援サービス事業所の支援力強化も重要な課題としてあります。

(4)利用者に対する身体拘束・隔離に対する仕組みと第三者によるチェックシステムの構築
 冒頭において、京都府の「身体拘束状況調査」の結果に基づく施設における身体拘束の実態を明らかにしました。
 平成18年、日本知的障害者福祉協会生活支援部会更生施設分科会が実態調査を実施して、「入所更生施設の利用者と支援に関する実態調査報告」としてまとめました。
 その調査における自由記述の中で、認知症・アルツハイマーを伴う利用者支援の課題について、「拘束の問題などを含めた人権を意識した支援」「利用者の安全と施錠について、常に課題に感じている」ということが上げられています。
 また、強度行動障害を伴う利用者支援についても、「行動制限と人権侵害が紙一重である」との記述も見られます。
 上記自由記述や京都府の調査結果から見られる身体拘束の実態から、施設現場では、身体拘束について、かなり苦悩しているという実態が浮かび上がってきます。
 前述しましたように、厚生労働省は身体拘束について、「緊急やむを得ない理由により身体拘束を行う場合には、『切迫性』『非代替性』『一時性』の元で適正な手続き(本人・家族の同意など)と記録の必要性」を条件としています。
 しかし、現実的にはその明確な基準がなく、実際的には、それぞれの施設の対応に委ねられているのが実態であると思います。
 ですから、身体拘束についての明確な基準や公的な第三者機関におけるチェック機能がないという状況下では、人権侵害を誘発する可能性が極めて高いと言わざるを得ません。
 そこで、オーストラリアにおける身体拘束・隔離についての取り組みについて、紹介してみたいと思います。
 オーストラリアのビクトリア州で、2007年7月に施行された「Disability Act 2006」では、障害者に対する薬物も含めた拘束および隔離を伴う法的な枠組みが明確にされています。
 この法律では、州政府のヒューマンサービス省(DHS)に、各種サービス、特に拘束的な介入の対象となる人たちの生活の質と福祉モニタリングをする上級プラクティショナー(Office of Senior Practitioner:OSP)を設置し、事業者が拘束的介入を実施する場合、事業者は、事前にその実施責任者であるAuthorised Program Officer(APO)を任命して、DHSに登録しなければならないことになっています。
 APOは、拘束的介入を実施する前に、行動支援計画書を作成しなければならず、その計画書には、具体的な以下の項目の記載が義務付けられています。
  拘束的介入が用いられるべき状況
@ 具体的な方法
A 1回あたりの使用時間
B 選定された方法がクライアント本人にもたらすべき利点
C 選定された方法がクライアントにとって最も拘束度合いの低いものであることの具体的証明
 また、作成にあたっては、本人を含む関係者とのコンサルテーションが重要視されています。
 第三者機関による拘束的介入に対するチェック体制については、独立した第三者
(Independent Person:IP)が行動支援計画書の作成にあたって、本人にその計画書の意図するところを説明し、事業者による独断的な支援計画の作成を予防し、計画書の内容の再審査を裁判所に類似した機関VCAT(Victorian Civil and Administration Tribunal)に求めることができることを本人に説明することが義務付けられています。
 日本における利用者に対する身体拘束的介入に対する制度構築は、今後の大きな課題としてありますが、行動支援計画書作成時における上記記述項目は、日常的な支援で活用できる内容であると思います。
 また作成時に地域の相談支援事業者を含めたコンサルテーションの実施を行うことで、適切な支援が行える仕組みづくりは可能となるのではないかと思っています。

(5)特に入所施設におけるQOLの課題
 施設における虐待防止を考える上で、マンパワーを含めた環境の問題は重要であると思っています。
 施設における住環境や支援については、「知的障害者援護施設の設備及び運営に関する基準」(平成2年12月19日)に規定されており、入所更生施設では、以下の内容となっています。
 居室 : 1室の定員は4人を標準とすること。入所者1人当たりの床面積は、収納設 備を除き、3.3平方メートル以上であること。
 健康管理等 : 入所者については、1週間に2回以上入浴させ、又は清拭を行わなければならない。
 以上は最低基準ですが、施設整備補助金額や施設に支払われる報酬単価や職員の配置基準などの枠組みの中で、実際的には上記最低基準が実態的には最高基準になっているという現実があります。
 私は、このような生活環境自体が人権上の課題であると思っています。
 特に、自閉性障害を伴う利用者の人たちは、雑多な情報の中から必要な情報を選択することが苦手な上、聴覚的刺激が苦手という障害特性があることから、このような集団的な生活は非常に苦痛の伴うものです。
 極端な言い方をしますと、自閉性障害の利用者をこのような環境での生活を強いること自体が、「虐待」といえるのではないだろうかとも思ってしまいます。
 また、そのような環境要因が行動障害誘発の要因になっていることが多いのも事実です。
 上記した「入所更生施設の利用者と支援に関する実態調査報告」においても、強度行動障害を伴う利用者の支援を行っている施設の約4割から、環境・設備について、「個別に対応できる環境(個室、療育室)・専用スペース(ユニット)の確保」を課題として上げています。
 特に、実態調査回答施設の34%の施設において、日常生活単位が1グループ6人〜10人での暮らし(ユニットケア)の導入を望んでいます。
 私は、施設経営者・職員が一丸となって、個室をベースとした6人単位のユニットでの暮らしの実現や毎日の入浴、私物で飾られた部屋、いつも匂いのない清潔な住環境の維持、個々の利用者のニーズをベースとした個別的な日課や活動の提供などという生活の質を少しでも良くしていこうという日常的な実践の積み上げが、結果として、虐待防止に向けた職員の意識改革につながるのではないかと思っています。
 逆に考えると、社会におけるノーマルな暮らしからかけ離れた質の低い暮らしを利用者に強いていれば、無意識のうちに「障害のある人たちの暮らしはこの程度で良いんだ」という思いが職員の中に定着し、そのことが虐待を誘発させる環境を生み出していると言うことができるのではないかと思います。
 このように考えると、利用者のQOLを高める活動、個々の利用者ニーズベースの個別的な支援の充実に向けた法人・施設ぐるみの取り組みが、職員の利用者に対する人権意識の向上に繋がる重要な取り組みの一つとしてあると言えます。

  以上、私なりに利用者虐待防止についての防止策を考えてみましたが、是非皆様からのご意見をお待ちしています。

掲載日:2009年4月30日


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